片瀬久美子氏の付録への疑問(その2)─O157の問題

「米のとぎ汁乳酸菌」とO157

「米のとぎ汁乳酸菌」というものがあるらしい。
米のとぎ汁を常温で発酵させたものを噴霧したり飲用したりすることで放射線放射能)の除去効果があると言われたものだそうだ。

片瀬氏の批判は、シノドスの記事などにある。例えば次のような一節があった。

「作り方のレシピを見ると、色々なカビを含む雑菌が繁殖しそうである。それをまだ抵抗力の弱い子どもに放射線対策として与えでもしたらと想像すると、とても心配である。肺に吸入した場合、肺炎にならないかという心配もある。これが放射線に効くというのもかなり疑問だし、止めておいた方がいいのではないか。低線量被曝の害を避けようとして食中毒などになってしまえば本末転倒である。食中毒は命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。」

これが本『もうダマされないための...』の中では

「作り方のレシピを見ると、色々なカビを含む雑菌が繁殖しそうである。それをまだ抵抗力の弱い子どもに放射線対策として与えでもしたらと想像すると、とても心配である。肺に吸入した場合、肺炎にならないかという心配もある。これが放射線に効くというのもかなり疑問だし、止めておいた方がいいのではないか。低線量被曝の害を避けようとして食中毒などになってしまえば本末転倒である。O157などの食中毒菌が少しでも混ざれば命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。」

となっている。

このまとめ(「米のとぎ汁乳酸菌」信奉者を説得するのは糠に釘である。)を見ると、米のとぎ汁乳酸菌を試してみた人に対して、片瀬氏は次のように述べている。

「私は「米のとぎ汁乳酸菌」は放射能の毒出しの効果が期待できないばかりか、体にあんまり良くないのじゃないかと思ってるよ。何が培養されて増えているか実際、分からないじゃない。味見だけでは不安だよ。O157なんてほんの少しでも混じったら、へたすると死んじゃうよ〜」

O157に関しては、片瀬氏が「乳酸菌にO157が寄生して増殖する」と発言したとするコメントがあり、片瀬氏が

「米のとぎ汁を発酵させるときに、雑菌の1つとして少量でもO157が混ざったら危険だろうという発言はしていますが、意味は全然違いますよね。」
「乳酸菌にO157が寄生するとは言ったことが無いですが。またデマを飛ばしているのですか。」

と述べて、そのような発言はしていないと否定し、さらにそれを受けて

「(そういえば、私が乳酸菌に大腸菌O157が寄生すると言っているというウソも流されたよな〜 他にも私が知らないだけでいっぱいやられているのかも…。)大体、誰でも分かる非常識な事を言っているとされているのは、ほとんどウソだと思います。疑わしい場合は、噂だけ流さないで、本人に確認してね」

とコメントしている。

なぜO157の話が出てきたのか?

確かに、片瀬氏は「乳酸菌にO157が寄生して増殖する」とは言っていないようである。
しかしここで問題にしたいのは、なぜ「O157」という大腸菌の話が登場し、それに過剰に反応する人が出てきたのかということだ。

ここで本の記述「O157などの食中毒菌が少しでも混ざれば命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。」に戻って考えよう。
この一文にある「その危険性」は何を指し示しているのか。
シノドスの記事にある文章「食中毒は命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。」における「その危険性」の指し示す内容は明確である。「食中毒の危険性」だ。
本の記述「O157などの食中毒菌が少しでも混ざれば命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。」においても「その危険性」の指し示す内容は「食中毒の危険性」であると述べることは可能である。
しかし、このような例示手法を用いる場合、「その危険性」とは「O157が混ざることによって食中毒になる危険性」であると読めてしまう。
このような書き方をすれば、「食中毒の危険性」の中に「O157が混ざることによって食中毒になる危険性」というのが相当程度含まれていて、「食中毒による危険性」の代表的な例として「O157」を取り上げているのだと読めてしまうわけだ。

では実際に米のとぎ汁乳酸菌を作る際にO157が混ざる可能性はどのくらいあるのだろうか。

確かに例えば日本医師会のページを見るとわかるように、まず
「O157は家畜(牛、羊、豚など)の大腸をすみかとしています。汚染は家畜糞便から水や食物を介して感染したり、感染した人から人へ感染します。」
とあるので、家畜を飼育している施設や解体施設ではO157が繁殖する危険性があるし、またそこから一般の食品や家庭へ感染が拡大する危険があるのだろう。

しかし他方で、
「O157の感染力は非常に強く、100個程度のO157が身体の中に入っただけでも、病気を起こしてしまいます(多くの食中毒では、100万個以上の菌が身体の中に入らないと食中毒は起こりません)。」
とある。つまりまず非常に少数でもO157がいれば、感染が起こってしまうという事実がある。
ということは、もし一般家庭の台所の片隅で米のとぎ汁乳酸菌を作った結果O157に感染するというようなことが起こるなら、もうすでにそれ以外の感染経路でその家庭の人たちがO157に感染してしまうということになるのではなかろうか。

もちろん私は専門家ではない。しかし、私には、一般家庭にO157なんてそうそう居るものではないとしか思えない。つまりO157が米のとぎ汁乳酸菌に混入する可能性はきわめて低いように思えるのだ。米のとぎ汁乳酸菌に混入する食中毒菌やウィルスとしては、O157よりもはるかに可能性の高いものが他にいるはずである。
wikipediaには、食中毒に感染者数について、「2006年度は、患者数別では、ノロウイルスカンピロバクターサルモネラ属菌の順であり、この3種が8割を占めた。」とあるくらいなのだ。

まとめ

つまり私は、

O157という食中毒菌の例示は、混入する可能性が大きいという理由で選ばれたのではなく、米のとぎ汁乳酸菌を使うことをやめさせる目的で、より大きなインパクトを持つ食中毒菌を挙げたのではないか?

と判断せざるを得ないのだ。
もちろんリスクの考え方から言えば、たとえ可能性が小さくてもその結果のデメリットが大きい場合には注意を要するという見方はできる。
しかし、「O157などの食中毒菌が少しでも混ざれば命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。」という記述を見る限り、
O157が混入する可能性もそれなりにあるのだと理解されてしまう可能性が高いと思う。
第一義的には、デマを流すことはもちろん避けるべきだ。しかし、元の片瀬氏の文章にも誤解を招く要因はあったと私は考える。
インパクトは大きいがあまり起こりそうにないこと」を挙げてある行動を阻止しようとするのは、その行動を阻止したいという目的が正しくても手段として正当化されるかどうかはかなり危ういと私は考える。
それはいつ何時片瀬氏が批判している「煽り」に転化してしまうとも限らない。
かりにそのような手法が正当化されるとしても、それはもはや自然科学ではないと私は考える。