日本数学会による大学生数学基本調査への疑問(その6)─まとめ─

(その2)から(その5)にわたって、日本数学会が行った「大学生数学基本調査」とその結果分析に関する疑問点を述べ批判を書いてきた。全体を通してまとめておきたい。


 私は今回の調査を行ったことそれ自体は評価している。その労に敬意を表したい。というのは、「大学教員の体感」のような主観的印象に基づいた議論よりも、データに基づいた議論の方がより効果的だと考えるからである。


 しかし、今回の調査内容や結果分析には問題点が多いと考える。それを一言で言い表すなら、「もっと謙虚になって欲しい」ということである。端的に3点指摘したい。


1. 調査に使われた問題の内容と正答例に問題がある。
第一に、作図に関する問3の正答例には、「平行な直線の引き方の説明」に不足箇所があり十全なものとはいえない。
第二に、問1-1,1-2では正誤判定の根拠を求めるべきだった。定義から導くことや適切な反例を掲げることを通してでしか概念の理解を確かめることはできないからである。
第三に、問2-1,2-2の設問の仕方に問題があった。「理由を説明してください」と書かれたら「証明」や「論証」を書かなければならないとか、「重要な特徴を文章で3つ」と聞かれたら数量的な操作の意味が理解されているかどうかが判定できると考えるのには無理がある。


2. 結果の分析にいささか独善的に過ぎる表現が用いられている。
第一に、「重篤な誤答」、「採点者がかなり想像力を働かせても、回答者が何を意図しているのかを理解が困難な、論理的コミュニケーションの前提が崩壊している回答」などといった言葉遣いは不適切であり、また具体的な回答例の中にはそのように断定するのは酷すぎるものがある。
第二に、「論理を正確に解釈する」「論理を整理された形で記述する」「論理の通った文章」「基本的論証力」「知識を総合する力」「論理的コミュニケーション」「『できる』と『わかる』の乖離」といった表現は非常に抽象的でどのような内容をさしているのかがはっきりしない。また個々の設問とどう関係しているかも明確ではない。にも関わらず今回の調査の結果からこうした観点に問題があると断定するのは行き過ぎである。


3. ゆとり教育世代」との関係について報道や発言の間に重大な齟齬がある。
ゆとり教育世代」に属さないグループに同様の調査を実施するなどの対照群を設定していない以上、この調査だけで「ゆとり教育世代」と「大学生の学力低下」を結びつけることはできない。にも関わらず理事長の発言や報道側には、「ゆとり教育世代」と「大学生の学力低下」を結びつけるかのようなものが見られた。他方で新井紀子氏は、今回の調査における企画側の誰も「ゆとり」が原因にあるとは思っていないとの趣旨の発言をしている。こうした「ゆとり」との関係について、調査側の発言に齟齬がある。日本数学会が「ゆとり教育世代」と今回の調査結果についてどう考えているのかは、明示的な形で表明しておくべきである。